肌寒い風が、隣を駆け抜けていく、秋。

ついこの間まで、比較的暖かな日が続いていたが、やはり冬が近いのだろうか。
日中はまだ良いが、朝方や夕刻は冷え込みが激しい……。

そして今は、その夕刻。

小狼は時計台の下にて、一人寒さの中で、待ちぼうけをくらっていた。
今日は平日だが、テスト前週間という事で部活が無い。
その為、一日くらい良いだろと兄と二人で放課後に出掛けようと約束していたのだが………。

『……遅いなぁ…、兄さん…』

肝心の小龍が姿を現さないのだ。

小狼は、制服のポケットから携帯を取り出し、待受画面を見た。
…かれこれ20分近く待っているのだが、着信は無いしメールも来ていない。小龍からは連絡の一つも見当たらなかった。
仕方ない…と自分から電話を掛けてみたのだが、繋がった先は『お留守番サービス』だった。

はぁ……と小狼が小さなため息を漏らすと、すぐ傍を冷たい風が横切った。

『寒っ……』

寒さに身体を震わせる。今日に限って、マフラーしかして来なかった自分を、呪いたくなってきた。

『…手袋くらい、持って来れば良かったかも』

冷えきって感覚が無くなってきている指先に、はぁー…と息を掛けて温めようとする。
すると、そんな自分を嘲笑うかのように、電線に留まっていた数羽のカラスが『クァークァー』と啼き出し、漆黒の翼をはためかせ、秋色の空へと消えた。

『……ふぁ…くしゅっ!!』

流石に身体は暖まらず、くしゃみまで出てきてしまった。
冷気に触れる範囲を狭めようと、地面にしゃがみ込み、身体を小さくし、手を脚と腹の間にしまい、マフラーに顔を埋めていた。

それでもやはり寒いものは寒いものである。

隠れきっていない頬が、突き刺す様な外気に当たり、寒いを通り越して痛い。
小狼が眉根をしかめていると、フワッと柔らかなものが、小狼の顔を包んだ。
何だろうと思い、瞼を開く。
すると、目の前には自分が待ち望んでいた人物が、自分と同じ目線でそこにいた。

『兄さん!!』
「ごめんな、小狼。寒かっただろ?」

嬉しさで反射的に身体を動かすと、先程まで顔を包んでいた柔らかいものが、地に落ちた。
直ぐさま拾い上げると、それが兄のマフラーである事が判明した。

どうやら小龍が遅れてしまったのは、委員会の仕事に何故か手伝わされてしまったからなのだそうだ。

「すぐに切り上げるつもりでいたんだが、意外と時間が掛かってしまって……。長い時間待ってたせいで、風邪とか引かなければ良いが…」
『大丈夫だよ』

小狼にとっては、もうそんな事はどうでも良かった。
兄が、小龍が傍に居てくれるだけで、それだけで心が暖かくなっていくような気がしていたから。

「本当か?」
『うん。それより兄さん、早く行こう?おれ、朝から楽しみにしてたんだから』
「そうだな」

そう言って小龍が小狼の手を取ると、予想通りの反応が返ってきた。

「冷たっ……お前、手冷え過ぎじゃないか!?手袋はどうした」
『ぁ……、家に忘れてきちゃって…』
「そのままだと寒いだろ……。まったく…」

そう言いながら、兄は自分の手袋を片方外し、それを小狼に手渡した。

『……?片方だけじゃ寒くない?兄さんも』
「莫迦だな。手、出しな」

そう言われ、小狼は手袋をした方の手を小龍に差し出すと、
「そっちじゃなくて」
と言われ、慌てて逆の手を差し延べる。
すると、小龍も何も着けてない方の手を差し出し小狼のと絡めた。…所謂、恋人繋ぎである。

『えっ…、ちょっと兄さんっ!?』
「こうすれば暖かいだろ?」

顔をほんのりと紅く染めて、抗議する小狼と、楽しそうな含み笑いを浮かべて話す小龍。
そんな兄の様子に、小狼は若干呆れながらも、兄と手を繋げている事が嬉しくて。
小狼は顔を綻ばせて小さく頷いた。

周りから見れば、ちょっと仲が良すぎる双子の兄弟に見えるかもしれないが、今はそれでも良いと思えた。

冷たかった手の平に、暖かな兄の温もりが伝わってくる……。

『…じゃあ、行こっか』
「あぁ」

いつの間にか、繋いだ手の温度は、温かさと冷たさが溶け合い、互いにそれを共有していた。
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