「小狼く~ん」
『なんです?ファイさん』
マフラーに顔を埋めていると、頭上から間延びした声が聞こえてきた。
白い息を吐きながら、おれは視線を変えずに前を見て応える。
「寒いよ~」
何事かと思えばそんな事。
あまりのどうでもよさに、呆れてしまう。
『いや、おれに言われましても……』
「えー、何とかしてよ」
『無茶言わないで下さいっ!』
自分にそんな事が出来るのなら、きっと冬なんて無い世界にしているだろう(寒いのはあまり好きではない。
ただ、東京は雪が積もる事が滅多にないから。……雪国は大変そうだよな。
そういう面では、別にまだ良いかなとも思える。
まぁ、少量の雪でも交通機関に影響が出るのは厄介だが…。
寒い寒いと、隣で手を擦り合わせるファイさん。装着している防寒具はコートだけ。
対して、おれはコートに手袋、マフラーを装備。
寒いのは当然だろう。
『第一、ファイさん。手袋くらいしたらどうですか?』
「…家に忘れて来ちゃったの~~」
『…はぁ、そうですか』
なんか突っ込む気にもなれない。
というか、寒くてあまり口を動かしたくないし、余計なエネルギーを使ってしまいたくなかった。
「だからさ、小狼くん。手袋片方貸してよ~」
『嫌ですよ』
「何で!?」
『そんな事言って、手を繋ぐ供述を作りたいだけでしょう?』
「ち、違います~」
ファイさんは、あぁ言っているけど、多分図星なのだろう。
やれやれ…。
『そんなに温まりたいなら、おれにも考えがあります』
「手袋は~?」
『却下です』
「えぇー!小狼くんのケチー!」
身体を震わせて、うなだれるファイさん。
大体、芯まで冷えきった手に手袋をした所で、大して温まるわけがない。
おれは歩みを止め、ファイさんの方に視線を向ける。
続いて、それに気づいたファイさんも歩くのを止めた。
不思議そうな表情をしているファイさんに、おれは悪戯を思い付いた子供みたいな笑顔をしてみせる。
『とりあえず…。ファイさん。目を綴じてもらえますか?』
「?何で」
『秘密です』
「うぅ~。良いけど…」
すんなりと従って、瞼を綴じる。
その顔はとても綺麗で、整った顔立ちをしているのが改めて判った。
(何も言わなきゃ格好良いんだけどなぁ……)
何か少し残念に思えてきてしまった。
「小狼くん?」
ファイさんの声で、ハッと現実に戻される。
どうやら、自分は見とれていたらしい。……絶対に本人には言わないのだけれども。
それを悟られないように、いつも通りの口調で話し掛ける。
『…おれが良いって言うまで、開いちゃ駄目ですよ?』
ファイさんは、無言でこくりと頷いてくれた。
それは良いんだけど……。
おれの決心のほうが揺らいでしまった。さっきまで大丈夫だったのに、やはり慣れないからだろうか。
けれど、今ここで何も無いことにしたら、ファイさんの果てしない質問が行われるのは目に見えている…。
今更ながら、こんなこと振らなければ良かったな…と後悔した。
(もぅ…、なるようになれっ!!)
半分自棄になりながらも、おれは爪先立ちになり、ファイさんの顔に近付くと左頬に口づけを落とした。
軽く、ほんの一時だけのキス。
予想だにしない出来事に、思わず目を開いてしまったらしいファイさんと、目が合ってしまった。
そのせいで、羞恥に顔が一気に染まる。
『すみません。今の、無かったことにしてください…っ』
いたたまれなくなったおれは、直ぐさま先程と同じように歩みを始めた。
そんなおれに、ファイさんは後ろから抱き着いてくる。
『ちょっと、ファイさん!?』
「…オレ、今すっごく嬉しいっ!!」
『歩きにくいです、止めてくださいっ!!』
「小狼くん大好きっ」
ファイさんは、おれの言葉なんか、これっぽっちも気にしていないらしい。
おれはぶつぶつと文句を言いながらも、背後からのぬくもりを心地好いと思わずにはいられなかった。
―爪先立ちのキス―
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