夏は別れを告げ、秋へと移り変わったようで、少し肌寒くなってきた今日この頃。
この堀鐔学園では、今週から冬服への移行期間となっており、ブレザー姿の生徒もちらほら……というよりは気候の影響のためか、大半の生徒が冬服である。

そんな彼等が今熱心に取り組んでいるのは、―――年に一度の学園の一大イベントなのだから張り切るのは当たり前なのだが―――二週間ほど先に待っている学園祭の準備。
この高等部の校舎も、装飾担当の生徒達の手により、華やかなものへと変わりつつあった。

そして、学園祭の目玉ともなる演劇は、くじによって今年はB・C組の数名による合同演劇と決まったようで。…どうやら音楽室で練習をしているらしく、声が聞こえてくる。

サクラ『はやくしなきゃ…、このままじゃ、じょ…女王様に怒られちゃう!』
小狼『ま、まって。何をそ……そんなに急いでいるの、ウサギさん』

…必死過ぎてなのか、カタコトにしか言えていない台詞。
二人の少年少女のぎこちない演技をみて、同じく演劇担当の生徒達は苦笑いをしたり、頭を抱えたりしていた。

四月一日「うーん……二人ともテンパりすぎじゃないかな?もう少しリラックスしてみようよ」
サクラ『う、うん…頭では分かってるんだけど……ね』
小狼『なんか…、あがっちゃって……』

あはは……と、二人は互いを見合って苦笑を交わす。

小龍「主要人物がこんな有様で大丈夫なのか…?大体、小狼に任せること自体が間違ってるだろ」
小狼『仕方ないじゃん……おれのクラス、あみだくじで決まったんだもん』

がっくりと肩を落として小狼がそういうと、事情を知っているクラスメイトが苦笑する。

ひまわり『ぇ、そうだったの?』
小狼『うん、黒鋼先生が丁度出張で居なくって…』
四月一日「代わりに来た侑子先生が、あみだで公平に決めてしまおうって」
小龍「で、結果がアリス役…」
小狼『………うん』

小狼たちが演ずるのは、童話『不思議の国のアリス』。因みに決めたのは、C組担任のファイ先生である。
こういうのは良く分からん、と黒鋼先生はあまりこの事には関わってはいない。

小狼『先生方の劇の選択は良いかもしれないけれど、男女混合で役を決めたのは間違ってると思う…』
とため息をつく小狼。

サクラ『ん~…。でも、小狼くんならアリスの衣装着ても、大丈夫そうだけどなぁ…』
小狼『え゛!?』

サクラの予期せぬ発言に、眉間にしわを寄せ顔を上げる。すると、何人かの生徒もそれに賛同しているかのように首を縦に動かしていた。

サクラ『ひまわりちゃんはどう思う?』
ひまわり『わたしも似合うと思うよ?小狼くんに。ね?四月一日くん』
四月一日「ぇえっ!?…う~ん、まぁ小狼なら何とかなりそうだけどなぁ…」
小狼『四月一日くんまでっ。そんなこと無いよね…?』

そんな風に言われてしまったら、男である自分の立場が無くなってしまう。
最後の希望を託し、しかし自信なさげに後ろにいる兄に尋ねる。

小龍「そうか?違和感ないだろ、お前なら」

さも当たり前であるかのような口調で答える小龍。
それを受けて、小狼が少しむすっとしてみせると、悪い悪いと笑い混じりに謝る。

サクラ『でも、衣装よりもまず演技をどうにかしていかなきゃ。ね、小狼くん』
小狼『ぁ……。が、頑張らないとまずいかも…』
ひまわり『そうかもね。ん~と、続きをしたいけど、今日はもうここまでかな?時間無いし』

そう言われて時計を見ると、作業終了時間まであと3分弱。
大きめに作られた窓から廊下を覗いてみると、他の生徒達は後始末をしていて、中には最後の最後まで粘って作業を続けている生徒の姿も見える。
サクラ達も、台本と小道具を持って教室へと戻る準備を始めた。
小狼もまた、持ってきた物を回収していると、すたすたと小龍が歩み寄ってきた。何だろうかと思いそちらの方へと顔を向けると、耳元で小さく彼の唇が言葉を紡ぐ。
その言葉に、ほんの少しばかり小狼の頬が染まる。
小龍はそれを見てくすくすと笑い、先程近付いて来たときと同じような足取りで音楽室から出ていった。
他の生徒達も次々とでていくので、慌てて小狼も教室へと向かう。

先刻、兄に言われた言葉。
それはちょっと気恥ずかしくて、自分では認めたくはないものだったけれど。
言われて悪い気はしないかなと、少し膨らんだ頬を緩ませながら帰宅準備を進めるのであった。
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