―――――――――――――――――
『……えっとつまり、これがこのような働きをすると、こうなって…したがって――』
『先生っ!!小鳥ちゃん、その意味が分からないそうなんですけど……』
『え!?…そ、そう言う美幸ちゃんだって……』
『はいはーい、喧嘩はしないでね。質問には後で答えるからさ~』

只今、化学の授業中…。

本来の始業時間から15分も経ってからのスタートという事で、生徒は「ひょっとしたら授業が潰れるかも……」と思っていたらしく、ファイが教室に入って来た時は、一部の生徒がガックリと肩を落としていた。

今は、いつものC組らしく、話し声でいっぱいの授業となっている。
ある一人を除いては………。

「………」
『…どうしたの?小龍くん。…顔色悪いよ?何かあった?』
「九軒さん……」

そう。一人元気が無かったのは、例外も無く小龍だった。

そんな彼を心配して声を掛けてくれたのは、C組の委員長である『九軒ひまわり』。
化学の授業時の席は3人で1グループとなっており、そのグループも、自分達で決めることになっていた。
そのためかは分からないが、小龍のグループは、ひまわりとサクラの二人が一緒なのだ。

『本当…。大丈夫?保健室に連れてったほうが良いかな?』
「いや、…大丈夫だ。少し考え事をしていただけだから」
『本当?ほんとのほんと??』
「サクラさん、大丈夫だから……」
『う、うん。分かった。…でも、本当に辛くなったら言ってね?』
「あぁ」
(……とは言ったものの…。あれは…どうすれば良かったんだ……)

小龍が悩んでいたのは、他の何事でもなく、ファイとの屋上でのことで。

(…くちに………触れてた…よ…な……?)

あの一瞬、自分では何をされたか良く分からなかった。
小狼との関係が気になって苛立っていたために、理解するまで時間が掛かったのだろう。
しかし、今ならハッキリと分かる。

(キス…された……。あの、ファイ先生に)

小龍は、自分の唇にそっと触れてみる。
今でもまだ少しだけ残っている感触……。それが、あの出来事が紛れも無く事実である事を、小龍に突き付けていた。

(…後で小狼にも、色々と聞いておかないとな)

本来の標的ではない自分であの有様だ。小狼に何をしていてもおかしく無いだろう。
いや、寧ろ何もしてない方がおかしい。
もっとも、そういう事に疎い、『超』が付くほど天然な弟は、されている事すら気付いていないかもしれないが……(もし、気付いていたとしても、過度なスキンシップ程度にしか思っていないだろう…。

(……放課後は、あの様子じゃ無理そうだったしな…。仕方ない。あいつが家に帰ってきてから聞くか)

小龍がため息をついたのとほぼ同時に、終業を告げるチャイムが鳴り響いた―――。



―――――――――――――――――

ガチャ
    …パタン

『ただいま』
「お帰り、小狼」

6時頃になって、ようやく小狼が学校から帰ってきた。

結局、小狼はファイに捕まり、視聴覚室へと連れていかれてしまった。
兄としてなのか、ただ単に先程の出来事が影響していたのか……。何かをされてはいないだろうかと、ずっと心配していたのだ。

『どうしたの?兄さん。珍しいね』
「?…何がだ?」
『いや、いつもは玄関(ここ)まで出て来ないなって思って……』

笑いながら小狼が話す。少しだけ気に障ったのか小龍が聞き返す。

「…何が可笑しいんだよ」
『ううん、何でも無いよ。ただ…、昔の頃を思い出しちゃっただけ』
「昔…?」
『うん。ほら、おれ達がまだ10歳くらいの時、兄さんったら、自分が一緒じゃないと、おれが友達と遊びに行くことすら制限し始めたでしょ?』
「あぁ、そういえば」

そんな事もあったなという様な感じに小龍は応える。そんな事は、当の昔に忘れていたらしい。
小狼はそんな兄の反応に苦笑いをして返すと、優しげな表情になって続きを語る。

『何だかんだで最後には許してくれて、そういう日は、家に帰って来ると必ず玄関まで走ってきてたもんね』
「お前の事が心配だったんだよ。出掛けた後、ずっとそわそわしてて落ち着いていられなかったし……」
『兄さん、それは少し大袈裟だよ…。でも、懐かしいね…』
「そうだな…」

まぁ、小龍からしてみれば、今でも小狼のことは他の何よりも心配なのだが。たった一人の弟だし、小龍にとっては大切な存在だ。
過保護になってしまいがちなのは、自覚をしていないわけでは無いのだが。

(けど、仕方ないよな?お前は周りに流されやすいから…、余計不安になるんだよ……)

そんな兄の心情を、弟が悟っているかは分からないが。
取り敢えず、ファイというお邪魔虫からは守らなくてはならない。あいつの手に渡る事だけは、何としてでも防がなくては。

小龍がそう考えていると、小狼がそういえばと小さな声を漏らした。
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