『小狼くん、ここの問題はねー』
『あの……、ファイ先生…』
『ん?なぁに~??』
『もう少し、プリントを近くで見せてもらえませんか?』
『え?うん、分かったよ~』

と言うと、ファイは小狼の身体を、腕を使って自分に引き寄せるようにした。

『わっ!?』

いきなり身体を動かされた為、小狼は少し驚いたようだった。
そして、今の自分の状態を悟ると、少し慌てた口調になり。

『ふぁ、ファイ先生…っ!!あの、そんなことしなくったって、ただ単におれにプリントを持たせてくれれば良いだけで…っ』
『ん~?だって、オレはコッチの方が好きなんだも~ん』

小狼とは対照的に、楽しそうに言うファイ。

「―――おい、シャオ…。!??」

そろそろ教室に戻らないと…、と言おうとしたのだが。
小龍は、小狼がファイにされている事を見たとき、反射的に言葉が止まってしまった。
そして、無意識のうちに、ファイを睨みつけてしまった。

「ちょっと、ファイ先生っ!!小狼に何を―――」


~キーンコーンカーンコーン~


『あ、予鈴だ~』
『次の時間って、確か…現社だったかな?』

ファイから解放された小狼が、そう呟いたその後、四月一日の顔色が悪くなる。

「げっ!!やばい!どーしよう…おれ間違って世界史持って来ちまったよーーっ!!!(焦」
「現社ってことは、…あの先生か……」

小龍が小声でポツリと言った。

『あの先生』というのは、『花蛍(かけい)』という男の教師のことだ。
細い身体と優しそうな雰囲気を持っていて、とても人気のある教師なのだが、一部の生徒の噂によると、
『歯向かったら…殺される』
という話になっているのだ。
表はとても優しく素敵なのだが、裏が……とてつもなく恐ろしい。
忘れ物などには厳しいらしく、しかも授業にも遅れる可能性があるため、四月一日が……危険だ。

「…ふぅ。四月一日、おれの教科書を貸すから。それと、二人とも」
『うん?何?兄さん』
「…急がないと……殺されるぞ…?」
「あぁあーーっ!!!そうだったっ!!早く行こうぜ小狼。小龍ありがとな!」
「あぁ」

そう言うと、小狼と四月一日は急いで階段を降りて行く。
続いて、黒鋼も下の階へと向かっていった。屋上に残っているのは、ファイと小龍の二人だけとなった。

『小龍くん。…早くしないと、次の授業に遅れちゃうよ?』
「大丈夫ですよ。C組の次の授業は化学ですから」
『あれ?そうだっけ~?』
「………」

ファイ先生の担当している教科は化学。黒鋼先生は保健体育。
そのためか、ファイ先生は白衣を、黒鋼先生は動きやすい服を何時も着ている。

(確か、科目担当の生徒が先生と連絡をとっているハズなんだが…)

生徒がただ単に忘れたのか、それともファイが惚けているのか……。
考えても真実(こたえ)は出て来ないだろうが。

(多分、後者だろうな)

そんな気がする。
といっても、ファイの性格からして明らかに後者なのだが。

『んじゃ、オレも危ないって事かぁ~。流石に、生徒と二人で遅れてくるのは、まずいよね~』

少し冗談を交えておちゃらけるファイも、今の小龍にはあまりに関係が無かった。

『それじゃ、オレ先に行ってるよ。小龍くんも早く――』

そう言って扉の方へと歩みだしたファイの腕を……小龍は掴んでいた。
少しだけ掴んだ手に力が入る。
 

『…どうしたの。小龍くん』
「…どういう事なんですか」
『え?』

この期に及んで、まだ惚けるというのだろうか…。

「小狼と、貴方の関係です…」

何時にも増して低い声が自分の口から出た。
自分でも自覚は有ったつもりでいたが、ここまで苛立っているとは思っていなかった。

『小狼くんとオレは、ただの生徒と教師でしか無いと思うよ?』
「じゃあ何で…あんな事……」
『あれは…何て言うの?単なるスキンシップみたいなもので~』

掴んだ手に更に力が籠る。
それと同時に、ファイの事を無意識のうちに睨んでいた。

それは、小狼には一度も見せたことの無いような、怒りに満ちた表情(かお)だった。

『っ……。い、痛いよ~。小龍くん~~』
「貴方は、小狼をどう思っているんですか……」
『どうって……。小狼くんは、授業の時も真剣に話を聞いてくれてるし、点数もとても良いし…。あと、個人的には可愛いし……それに――』
「それに……?――ぅわっ!??」

その時、小龍の身体がぐいっと、ファイに引き寄せられたかと思うと、―――何とファイは、小龍の唇に自分のそれが軽く触れるようなキスをした。

その唇同士が離れたとき、耳元でそっと囁かれる。

『それに……食べちゃいたいかな…?』
「……っ!?」

そして、小龍から手を離すと、笑顔でこう言った。

『…なぁ~んてね。おっどろいた?』

いつの間にか、手から力が抜けていた。あんなに強く掴んでいたはずなのに……。

色々な事で頭が混乱してきた小龍だったが、このまま逃げるように帰るだなんて自分のプライドが許すはずが無い。
こんな変態教師に、自分達双子が振り回されているだなんて……。
考えるだけでも嫌気がさす。

「貴方が何をしようが、小狼はおれのなんで、手出ししたら……ただじゃおきませんよ」

そう言い放ち、鋭い目つきで睨みつけた後、小龍は踵を返して階段を駆け降りて行った。


屋上に一人取り残されたファイは、自分の腕時計に目をやる。
もうとっくに、授業が始まっている時間を5分以上も過ぎていた。

『ありゃりゃ~。……教師が遅れると、流石にシャレにならないねー。オレも早く行かないと……』

すると、気持ちの良い風が青空の向こうから吹いてきた。
ファイの柔らかな金色の髪が、風に煽られさわさわと揺れる。
『ん~。良い風が吹いてきたね~~。オレの運気にも、こんな良い風が吹いてくれたら良いのに……』

そうして、屋上の扉をパタリと閉めて、理科室へと向かった。
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