『…ぁ、あの…。黒鋼さん?』
「少し黙ってろ」




現在よりも少し前に遡る。

此処は『フェニカ国』。

王族政権の国家で、豊富な水と作物に恵まれており、人々も平和に暮らしている。
だが、それは表面上だけのようで、街の路地裏には沢山の人達が集団で住んでいるのが現状だ。

小狼達もその集団と共に生活をしている。
というのも、この国で働こうとしても、余所者というだけで仕事が貰えないのである。
そればかりか、宿屋にも泊まれないと言われる有様だ。
そこで、野宿の場所を探していると、老婆に
「此処で過ごさないか」
と言われ、数日の間、居座らせてもらう事にしたのだ。



そして、黒鋼と小狼の二人は、今日の夕飯の買い出し中。

『…これはもう買ったから――後は、あのお店で全部買えますね』
「にしても、多過ぎやしねぇか…?姫の時もこれだけの量を頼んでんのかよ」

ブツブツと文句を言いながら、ファイに頼まれた荷物を運ぶ黒鋼。小狼もその一部を持ってはいるが、それでも黒鋼の4分の1にも及ばない。
というのも、先日、小狼は不注意で右手を痛めてしまったのだ。
それに対する黒鋼なりの気遣いなのだろう。

『いえ、姫の場合はもっと少なかったですよ?』
「……あの魔術師」
『まぁこれだけの量は、黒鋼さんでないと無理だと思いますから…;』
「……ったく」

そうこう言っているうちに、店に辿り着いた。

『では、おれはこっちから廻って行きますから、黒鋼さんはそちらからお願いします』
「おう」

二人共、あまり店内が把握出来ていないので、何処に何があるかを確かめる。
その方が、効率良くこなせるからだ。

『えっと、あった。他のは何処に―――』
「君、ちょっと良いかい?」

急に呼び止められて振り返ると、そこには見知らぬ二人の男性が立っていた。

『…?どうかしましたか?』
「君さ、これから用事有る?」
「何にも無いなら、オレ達に付き合ってくれない?」

男達はそう言うと不気味に微笑み、小狼の両手を掴み身体を引き寄せた。
その瞬間、右手に激痛が走る。

『―――っっ!!』

痛みに顔をしかめる小狼だったが、男達はそれを反抗の行為と捉えたらしく、更にギュッと自らの身体へと押さえ付けた。
そのせいで、小狼は身動きがとれなくなってしまう。

――その時だった

「ぐあ――っ!!」

いきなり男のうちの一人が、床へと倒れ込んだ。
その事に驚き、男は小狼を抱えたまま振り向く。

「だっ、誰だ!??」

そして、すぐさま振り向いた事を後悔する。

そこには、自分よりも明らかにガタイのしっかりとした男が立っていた。
それも、物凄い形相で。

「――ひっ」
「……離してもらおうか」

その表情に怯えた男はつい、小狼を掴んでいた手の力を緩めてしまう。
それを小狼は見逃さなかった。

『―――はあっ!!』

思いっきり身体を捻って男を蹴り飛ばす。
一般人を攻撃してしまった事に少々、罪悪感は有ったが…。

「…に、逃げるぞっ!!」
「くそ、覚えてろー!!」

そう捨て台詞を残して、男達は店から出ていった。

「あいつら、全然懲りてねぇな…」
『そうですね…』
「大丈夫だったか?」
『あ、はい。…すみませんでした。まさか、あんな事になるだなんて思っていなかったので…』
「この国じゃあ珍しくもねぇんだとよ。…先に言っとくべきだったな」

そう言って、黒鋼は店内を見回す。
幸いなことに、この店にはあまり人影が無かった為、騒ぎに成らずに済んだようだ。

小狼が床に落ちてしまった買い物袋を再び持とうとすると、鋭い痛みが右手を襲った。

『―――っ!』
「…診せてみろ」

小狼が手を差し出すと、黒鋼は包帯を解いた。

「前よりも腫れているな…。血も滲んできてやがる」
『…さっき思いっきり掴まれたので、そのせいだと…』
「とりあえず、それ寄越せ」

黒鋼は立ち上がると、袋を指差して、そう言った。

『大丈夫ですよ。左手で持てば良いですし。…それに、黒鋼さん…荷物が……』
「いいから寄越せ」
『は、はい…』

有無を言わせない口調で言われてしまった為、小狼はそれに従うしかなかった。

仕方なく袋を黒鋼の所へと持って行くと、黒鋼は屈んで小狼に視線を合わせてきた。
そして、小狼の顔を少し上へと持ち上げる。

『…ぁ、あの…。黒鋼さん?』
「少し黙ってろ」

そう呟くと黒鋼は小狼の唇に、自らのそれを重ねる。

『――――っ!?』

驚いた時に一瞬薄く開いた所へ舌を侵入させ、歯列を割り、小狼のを絡めとってしまう。

『……ふ…ぅ…ぁっ…んぅ―』

段々と思考に靄がかかって来て、何も考えられなくなってしまう。
――今、自分は何をしているんだろう…。
―――こんなところで、…黒鋼さんと……。

『―――!!?』

頭の中で色々と自問自答をしているうちに我に帰った小狼は、思わず黒鋼の身体を左手で押し返してしまった。

『……はぁ…はぁ…』

息が荒い…。
心臓の鼓動も落ち着かない…。
きっと今、自分の顔は朱く染まっているに違いない……。

そんな小狼の様子を気にもせずに黒鋼は言葉を続ける。

「……これで暫くは大丈夫なんじゃねぇか?」
『……ぇ?』

状況を理解するのに精一杯の小狼は、黒鋼の言っている意味が良く分からなかった。

「―いや。何でもねぇ」

その時、先程の黒鋼の言葉を思い出した。

――この国じゃあ、珍しくもねぇんだとよ。

『それって…』

小狼が言いかけた言葉を制止するように、黒鋼は荷物を全て持ってから
「先に行くぞ」
とだけ言った。

『ぁ、はいっ!』


それって…
それらしい人が居たら、もうあんな事にならなくても済むって事…?

ただそれだけの理由で…?


『―――っ』

―結局、いくら考えても答えは解らず終いだった。
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