今日、小狼が作ったのは夏野菜カレーだった。

『…ごめんなさい』
「?…何が?」
『カレー。兄さんのほうが料理上手だから』
「何言って…。――おれは美味いと思うけど」
『そうかな?それなら良いんだけれど』

そこで会話がぱったり止んだ。
黙々と食べ続けていた二人だったが、小龍はこの空気に耐え切れなくなってきたらしく、小狼にある質問をする。

「そういえば、…小狼」
『?』
「お前、好きな子とかいないのか?」
『えっ!??な、何。そんな薮から棒に』
「いや、特に理由は無いんだが…。お前はこの日本に半年以上居るだろう?だから、何か出逢いでも…と思ってな」

よくもまあこんな心にも無いことをスラスラと言えるものだな…と、小龍は自分自身に感心したような呆れたような感情を抱いた。
その問いに、小狼は少し顔を赤らめながら答える。

『そ、そんなのは多分…無いと思う…よ?――でも』
「でも……何だ?」
『え!?あ、うぅん!何でもないよっ!そう言う兄さんには、好きな人居ないの?』
「おれか?」
『うん…!』
照れ隠し(隠せてないが)をしながら、自分に話題を振ってきた小狼。
小龍は少し動揺してしまったが、ちょうど良いので、この機会にあの話をしてしまおうと思った。

「……あのな、小狼」
『?』
「…今から言うことは、信じられないものかもしれないし、信じたくもないかもしれない。けれど、おれの本心なんだ……。だから…」

不本意だが、声が微かに震えていた。

自分は今から、一番大切なものを失うかもしれない。
その不安の為か…。

だがもう…心は決めたはずだ。

「だから、おれの話を真剣に聞いて欲しい」
『―――うん』
「おれは……」

小龍は、息を深く吸い込んだ。

「おれは、……お前が好きだ」
『えっ!??』

そんな冗談…と思った小狼だったが、いつになく真剣な小龍の瞳を見て本気であることを悟る。
自分と同じ…だが違う、そんな瞳に見つめられると、視線を逸らすことが出来なくなった。

そのまま呆然としている小狼に、小龍は続けて言う。

「おれの我が儘だって事は分かっている……。けど、小狼におれの気持ちを知ってもらいたい。知って…もらいたかったんだ」
 
そのようなことを言われても、小狼には信じがたいものだった。
兄は…、小龍には好きな人がいるということは、何となくだが分かっていた。
しかし…、まさか自分だったとは思いもしなかった。

「理解出来ないのは分かっている。でも、出来るだけ落ち着いて聞いてくれ。…おれは、このことを伝える為に、お前を追ってこの日本に来たんだ。
……お前が嫌なら、おれとの縁を切っても構わない。だから、…お前の正直な気持ちを伝えてほしい………出来るか?」
『……兄さん…?』

小狼は、兄が発したある一言で、目に見えるくらい動揺してしまった。

―――おれとの縁を切っても構わない―――

それは、小狼が小龍から一番聞きたくない言葉だった。
「―――!?小狼っ」

ポタリ……と、小狼の手の甲に雫が降ちた。
自分で抑えようと思っても抑えきれない涙につられ、哀しさが溢れ出てくる。

でも、苦しくはならなかった。

なぜなら………。

「小狼…すまない……おれが」
『ううん。兄さんは……わるく…ないよ……』

そう言って、小狼は小龍の手に触れる。

『おれ、…嬉しかったんだ』

涙の原因は、ショックが大きかったせいかもしれないけれど、小龍から告げられた言葉は、とてつもなく嬉しいものだった。

「…何が?」
『おれもね、…兄さんのこと、好きだよ』
「えっ……」
『ずっと、ずぅっと…。好きだったんだよ?』

小狼は涙を手で拭い、小龍に微笑みかける。
一方、小龍はまだ信じられないような顔で、目をぱちくりとさせていた。

「本当……か?」
『うん、…本当の本当……だよ?』
「…なんで今まで言わなかったんだよ」

小龍は内心ほっとしたせいか、少しむすりとしながら、そう言った。
そんな小龍をみて、小狼は困った顔をしながら笑う。

『だって、兄さんずっと前に告白された時、自分には好きな人がいるって言ってたでしょ?』
「自分かもしれないって思わなかったのか?」
『普通の人ならそうも思えるかもしれないけれど、おれ達は双子の兄弟だし。しかも男同士だし……。そう考えると、普通そうは思わないよ』

小狼がそう言うと、小龍はやっと納得したような顔になった。

「…ってことは、この言葉で、お前は」
『そう。兄さんに言うのを諦めて、距離を取ろうと思ったの。いくら双子の兄弟といっても、いつまでも相手に依存しきっていたら、おかしいと思われちゃうから』

小龍が全て言い終える前に、小狼が思っていたことを全て言ってしまった。
そんな小狼を見て少し笑ってしまった小龍だったが、ふと、あることに気が付いた。

「ということは、おれ達両想いってことなんだよな?」
『そ、そうだね…?―――ふぇっ!?』

小龍は身を乗り出すと、小狼の前髪を除け、額に唇を寄せた。

小龍が顔を遠ざけると、視界に入ったのは、小狼の朱く染まった顔。
そんな小狼に、小龍は面白そうに笑いながら話し掛ける。
 
「なぁ、小狼。お前、付き合うってことがどういうことなのか分かってるのか?」
『えっ、分かってると思うけど……どうして?』

首を傾げる姿が、子犬みたいで可愛らしい。
小龍は「ふふっ」と軽く笑い。

「いや、何でもない」

と、はぐらかす事にした。




――――その後、先程の質問の意味が知りたいと小狼が小龍に詰め寄った結果、小狼の顔は更に紅潮したとかしないとか。
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